四柱推命 70 通変星歴史
四柱推命ができたのは紀元前1400年~1300年ごろとされています。古代中国の王朝「殷(いん)」の時代です。この頃は国は栄枯盛衰が激しかったです。王は国を栄えさせるためには、優秀な人材を城や役所に採用することが大事だと考えました。優秀な人材とは王の指揮命令に誠実に従う者。逆に偏った考えで反乱を起こすような者は採用したくないと考えるのは当然です。受験にきた若者を四柱推命で占い、官僚として正しく働くであろう者を通変星で「正官」と名付けました。良く正しく国の財産を増やすであろう者を「正財」。農作物を豊富に作ったり貿易で国を潤すであろう者を「食神」。頭がよく発明発見で印(勲章)とその周囲の綬:くみひも(派手で豪華な繊維生地)を受けるであろう者を「印綬」としました。この四つが四大吉星とされました。この星を持っている者は国家公務員キャリア採用され、地位と名誉および財を築きそうだからです。良い意味での偏った考え方で商才を現わし莫大な財を国にもたらすであろう者を「偏財」としました。この星も吉星です。
逆の凶星としては、国の財産を償却(減らす)消却(無くす)しそうな者を「却財」。正官を克剋(邪魔する・いじめる・悪さする・滅ぼそうとする)しそうな者を「傷官」(傷官は正官を相克する位置関係にあります)。国にとっては悪い意味での偏った考え方(民衆の味方)になりそうな者を「偏官」。独創的で国の拘束よりも自由を選びそうな変わり者を「偏印」としました、とさ。以上で昔話はオシマイ。
話しを現代にします。
ロシアのプーチン大統領や北朝鮮の金正恩委員長ならびに中国の習近平主席であれば、古代四柱推命の考え方で良いと思います。
しかし、民主主義の今の日本にあってはどうでしょうか?四大吉星の「正官」をもつ者は融通が利かずトップの考えに従うだけで、民衆の苦痛の声はかき消す。凶星の「偏印」は自由闊達でクリエイティブな仕事ができカリスマ性を発揮する多様性のある者です。そうですね価値観は環境および時代と共に変わります。四柱推命の占いも解釈を変えていけるから面白い。だから多くの流派が生まれるのです。やま鍼灸院派 占い師:山口豊もその一人です。

